


story
畑の力を大切に育む
真狩村の岡本農園は、豊かな土作りに長年取組み、馬鈴薯(ばれいしょ)やゆり根、アスパラガスなどの有機栽培を行っています。大きな畑に恵まれなかった岡本さんは、自分の農業を、一般の大規模農業とはちがう針路に置いてきました。規模や効率ではなく、手間と知恵で大地と向き合ってきたのです。
農園でイモ堀り体験をした人々は、畑で実ったイモがスーパーマーケットで売っているものとまるでちがうことに驚きます。切り口にみずみずしい透明感があり、また主婦の方々は、家に持ち帰ってからの日持ちがまったくちがうと言います。そしてもちろん、おいしさは言うまでもありません。ひとことで言えばそれは、生命力にあふれた馬鈴薯。そして農園のゆり根は、化学物質に頼らないで自然界の力で生産された食品の証明である有機JAS認証を持っていますが、これはたいへんな苦労の上に北海道ではじめて受けた認定でした。
岡本さんは、作物の直売や宅配に力を入れています。これは、複雑で巨大な流通システムを通さずに、自分と人々の食卓をできるだけ近くに置いていたいという考えのあらわれです。スーパーの売り場には四季を通して、まるで工場で作られたようにきれいな野菜たちが並んでいます。しかしそれらのおいしさや栄養価は、どうでしょう。豊かな土が生み出すほんとうの野菜の味わいを知り、それがどのように作られているかを理解するとき、私たちは北海道の自然の力をさらに身近に感じることができるのではないでしょうか。岡本さんはいま知恵袋として、地域の内外から農業に関するさまざまな相談を受ける存在でもあります。
いのちが本来持っている力を引き出すから
とびきりのおいしさが生まれる
トマト一本で生計を営む、ニセコ町の坪井農園さん。坪井さんのトマトは自然な生命力にあふれて本当においしいのですが、その秘訣を聞くと親父さんは、「なんも、テキトーだ」と答えます。でもそのうしろで後継者の息子さんは、ストップウォッチを持って、ビニールハウスの中を水やりに走り回っています。
トマトの原産地は、南米アンデス山脈の高原地帯。砂漠に似た乾燥地です。親父さんはトマトをヤツらと呼びながら、「ヤツらは甘やかすとどこまでも甘える。厳しく育ててようやくヤツらの良さが出る。ウチではヤツらに、ここから早く逃げたいと思い込ませているんだ」と言います。
坪井さんのトマトは、種のあるジェル状の部分が大きいのが特徴です。種を育てるためのジェルの養分が、大地の豊かで自然な味わいと、ほどよい酸味を醸しだすのです。作物の性質や営みを正確に見定めるところから、坪井さんのトマトは生まれます。
農業と作物への視点の違いが
土づくりの違いになる
蘭越町の寺尾久志さんは、2014年12月にお亡くなりになりました。現在は、娘さん夫妻が父の意志を受け継ぎ、宮本ファームとして、久志さんが実践してきた自然循環農法を継承しています。
久志さんの自然循環農法の基本は、養豚から出る糞と屎尿を籾殻に混ぜてつくる堆肥を、分解して田畑に散布することにあります。豚たちには、配合飼料ではなく、アスパラの端材やくず米、米糠、籾殻などを与えます。田んぼのあぜには虫除けのために何種類ものハーブを植えて、化学肥料や農薬にできるだけ頼らず、いのちが本来持っている力を引き出すための土づくりを大切にしています。そして宮本ファームのおふたりは、そうした土づくりこそが、食べる人たちの安全安心を尊重することに繋がると信じています。
ほど良い粘りと甘みが人気の道産ブランド米「ゆめぴりか」には、できるだけ追肥を抑えて稲の生命力に頼る栽培法があります。しかし久志さんは、その方法に疑問を持っていました。7月の第2週の幼穂形成期の稲を見て、 「あんなヒョロヒョロの茎では土のエネルギーを実に込められない」、と言っていました。
「農業は、作物をとおして人間が健康な土のエネルギーをいただくこと」。久志さんはいつもそう語っていました。